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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)2162号 判決 1981年5月29日

原告

中町環境を守る会

右代表者

菅原正生

右訴訟代理人

石渡光一

深田鎮雄

被告

学校法人大東学園

右代表者

小尾茂

右訴訟代理人

芦田浩志

主文

一  被告は、別紙物件目録記載の建物の屋上部分(約350.52平方メートル)を使用してはならない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨の判決を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

本案前の答弁として訴却下、本案の答弁として請求棄却、またいずれの場合も、訴訟費用は原告負担との判決を求める。

第二  当事者の主張

〔本案前の主張〕

一  原告の主張

1 原告は、世田谷区中町在住の住民二十数名が中心となつて同町五丁目の生活環境の向上と保全を図る目的で、昭和五一年一二月一二日に設立された団体である。すなわち、原告は同年一二月頃被告が別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を建築することになつたのがきつかけで結成されたものであるが、広く中町五丁目周辺の生活環境を守る活動を行うことを目的とし、会則を定め、会員の総会によつて根本的な意思が決定されるものとされ、総会によつて選出される理事で構成される理事会において具体的な会の運営がなされるものとされていて理事会において選出される会長が会を代表する権限を有するものとされるほか、会の経理は会員の納める会費によつて独立して行われる等、社会的組織体としての実態を備えている。このように、原告は会員の変動にかかわらず、構成員たる会員(現在一二〇名を超える)とは別の独立した社団であり、民事訴訟法によつて当事者能力を認められる、いわゆる権利能力なき社団と認められてしかるべきである。

2 本訴請求は、請求原因で主張するとおり、原告が被告との合意に基づく契約上の義務の履行を求めるものであるから、当然訴の利益がある。

二  被告の主張

1 原告は当事者能力を有しない。原告主張の具体的事実は知らないが、原告には固有の財産等もなく、目的も抽象的で事業内容は規約上も現実にも特定されていないし、その継続性も疑わしい。およそ団体の社団性が認められるには、規約や代表者の存在など形式的要件のほかに、構成員個人の生活活動から独立した社会活動をするという実態の存することが不可欠というべきであるのに、原告にはこれが欠けている。原告は、むしろその個々の構成員がそれぞれの生活利益そのものを主張して被告と交渉している単なる人の集合にすぎないと見るべきである。

2 次に、本件訴はその利益を欠く。本件の訴訟物は、その実質において原告の個々の構成員の生活利益に基づく請求権に帰するというべきで、かつその存否、程度も個々の構成員ごとの生活事情によりそれぞれ異なるべきものである。原告が協定に基づく被告との協議権を主張するならともかく、本件訴訟物との関係においては訴の利益を欠くというべきである。

以上のとおり、原告の本件訴は不適法であるから、却下されるべきである。

〔本案の主張〕

一  請求原因

1 被告は学校法人であつて、大東学園高等学校を設置しており、昭和五二年三月、本件建物を建築して右学校の校舎として使用している(被告の肩書地にも校舎がある。)。

2 被告は、昭和五一年一二月に本件建物の建築工事を始めたが、附近は第一種住居専用地域であるのに、被告は約七〇〇平方メートルの敷地に一六〇名を超える生徒を収容する校舎を建てるというのであり、運動場もないので附近住民の生活環境に悪影響を受けるおそれがあつた(例えば、隣接の公園や道路が占拠されたり、日照が阻害されたり、騒音、のぞき見によるプライバシーの侵害、さらには工事自体から生ずる被害等)。そこで、附近住民は原告を結成して被告と交渉を重ねた結果、昭和五二年四月一二日に原告と被告との間で「被告は本件建物の屋上を使用しない。」旨の条項を含む合意(以下本件協定という)が成立した。

3 ところが、被告は右協定による合意に反して、その後屋上への昇降階段を設置して、屋上を使用している。

4 よつて、原告は被告との合意に基づき被告に対し屋上の使用禁止を求める。

二  請求原因に対する認否<中略>

2 本件協定が成立するに至つた事情は次のとおりである。被告の設置する高校には運動場がなく、多摩川の河川敷を利用してきたが、本件建物の敷地にも空地が少なぐ、かつ多摩川からも遠いので、必要に応じて隣接の区立公園を区の許可を得て使うことを考えていた。しかし原告が反対したため被告はこれを断念し、その代り本件建物の屋上を使用したいとくり返し希望してきた。ところが、原告はプライバシーの侵害や騒音被害を理由に反対していた。被告としては早晩屋上を使わなければ授業に支障を生ずることは目に見えていたが、建物の構造上そのままでは屋上を使えない構造になつていたことや、屋上に通ずる階段を新たに設置する工事を新学期直後に行うことは不適当であると考え、さらに翌日にせまつた始業式の前に原告らのはりめぐらしたポスターやビラ(被告を非難攻撃する趣旨のもの)を撤去してもらつて教育環境を正常化したかつたこともあつて協定に応じたのである。当初原告から提案された協定の文案には「将来にわたつて」屋上を使用しないとの文言があつたが、右の文言はその後削除され、最後には「なお、将来使用の必要が生じた場合は、原被告協議して決定するものとする。」旨の一文が加えられた。

以上の経過からいつても、合意の趣旨は前述のように解されるべきである。

三  被告の認否に対する原告の反論

1 被告が当初使用を希望した区立公園は児童公園である。運動場も確保せずに児童公園を使うという企画自体常識を逸脱しており、原告が反対したのは当然である。しかも、区も使用を許可しないというので被告がこれを使うことを断念したのである。屋上の使用については、被告は始めから使用するつもりもないし使用できない構造になつていると原告に説明していた。むしろ、他に運動場を借りるよう交渉している旨答えていたくらいで、屋上を使う必要があるなどとはいつていなかつた。

2 協定の文案は当初両者の斡旋に入つた区が提案したもので、原告の方で「将来にわたつて」との表現はきびしすぎるのではないかと進んで削除を申し出たのである。なお書きが追加されたことは認めるが、当初「……協議する。」とされていたのを原告の要望で「……協議決定する。」と改めたのである。

3 以上のいきさつや協定の文言からいつて、被告が屋上を使用しない旨約束していたことは明らかである。

四  抗弁

1 本件協定の条項には「なお、将来必要が生じた場合は、原被告協議して決定するものとする。」との条項(以下協議条項ということがある。)がある。被告は、協定後再三原告に協議を申し入れ、工事図面を交付し、具体案を提示するなど誠意を尽くしたが、原告は絶対反対との態度を固執し続け、協議に入ることを拒絶してきた。その経緯は次のとおりである。

(一) 被告は、昭和五二年六月三日、七月頃の再度、原告に対して口頭で協議の申入れをし(七月のときは図面も渡した)同年一〇月二日には文書で協議を申し入れている。しかし原告は協議に入ること自体を拒絶した。それでも被告は円満解決を希望し工事には着手しなかつた。

(二) 被告は、更に同月一九日及び同月末から一一月にかけての原告との会合の席上協議の申入れをしたが、原告は別の校舎西側の目隠し問題に藉口して協議を拒絶し、あつせんに入つた区側の質問にも絶対反対を唱えるのみであつた。被告は同年一一月二六日の会合では、屋上及び階段の構造が騒音発生やプライバシー侵害を極力防止するよう設計されていること、使用時間も限られている上生徒にはゴム底の靴をはかせるなど使用の仕方も規制するなど、具体的な事項を文書にまとめて原告に提案し、その後も口頭や電話で原告の代表者らに重ねて協議を申し入れた。しかし、原告は「絶対反対なので話しても仕方がない。」との態度に終始した。そこで、被告は屋上並びに階段の構造については自己の最善と考える方法で、同年一二月八日から一四日まで工事を実施して使用可能な状態としたが、その後も現実の使用につき原告と協議を重ねる意向であつた。

(三) 昭和五三年一月九日に、区の斡旋で再度原告と被告との会合がもたれた席上、被告は使用方法の規制につき話し合いを求めた上、現実に屋上を使つてみて被害があるかどうかテストすることも提案したが、原告はこのときも絶対反対を繰り返し、テストにすら反対した。被告は、原告側にも連絡の上、同年一月一〇日と一二日に短時間生徒を屋上に上げて原告のいう「騒音」がどの程度のものかテストしてみたが、同年一月二九日の会合では原告はこのテスト自体を非難し、屋上のフェンスと階段を即時取り毀すことを要求し、応じなければ一切の話合いを拒絶するとの態度に出た(この会合は、原告の代表者ら十数人が被告代表者を取り囲む形で、つるし上げのような状態で行われた。)。被告はその後も原告代表者ら構成員の自宅を訪ねるなどして、同年三月一一日にようやく話し合いの機会がもてたが、原告の絶対反対の態度は変らなかつた。

(四) 以上の経緯に照らし、被告としては原告との間では実質的な協議は不可能と判断し、屋上のフェンスに目隠しを取り付けた上、昭和五三年四月の新学期から屋上使用を開始したものである。

なお、屋上のフェンス(高さ四メートル)は、外縁から1.5メートル後退させて取り付け、屋上から下をのぞきにくくし、かつ物音が届きにくく設計してある。さらに屋上床面及び階段踏板にはゴムを貼つて足音が立たないようにしている。更にフェンスの東及び北側一面に目の高さ(床上1.4メートル)の上下各三〇センチ(巾六〇センチ)の目かくし板を貼り、生徒にはゴム底の靴をはくことを励行させ、原告の仮処分申請(昭和五三年六月)後も、裁判所の仲立ちによつてではあるが、従前の目かくしを床面まで広げ、校舎敷地北側の塀沿いに樹高六メートルと4.5メートルの木を一本ずつ植え、屋上西側のフェンスの北寄りに高さ四四センチ、巾一メートルにわたつてフラワーポットを置いてそれぞれ樹高1.4メートルの木を植え、バスケットボールが落下するのを防ぐためにフェンスを従前の高さ四メートルから五メートルに嵩上し、屋上でのバレーボールを禁止する措置を講じた。

2 本件協定には、屋上使用の必要が生じた場合には双方協議の上決定する旨の条項がある。被告は右に述べたとおり誠意を尽くして再三原告側に協議を申し入れ、原告の主張する被害の防止のための具体的措置も提案し、かつ現に実行してきたが、原告は終止絶対反対の主張を繰り返し、協議に入ること自体を拒否してきた。これは、協議権の濫用というべきであり、被告において協議の義務を尽くし、かつ設備や使用方法に十分配慮を加えている以上、協議が成立したと同様屋上の使用が認められてしかるべきである。そうでなくとも、原告の本訴請求は権利の濫用として排斥されてしかるべきである。<以下、事実省略>

理由

一本案前の争点につき判断する。

1  原告代表者の供述及び<証拠>によれば、原告の本案前の主張1の事実を認めることができ、右事実によれば、原告は民事訴訟法第四六条にいう社団として当事者能力を有するものと認めて差支えない。右認定の事実によれば、原告は被告が本件建物を建築することになつて周辺住民が被告と交渉する必要がきつかけとなつて設立されたもので、当面その構成員となつた周辺住民の生活利益を代弁することを中心の目的とした団体として発足したことは確かである。しかし、現に成立した原告の目的ないし事業活動はこれに限定されるわけではないと認められるし、また人の結合としての社団がもともと構成員の共通の利益のために設立されること自体は別に異とするに足らず、右のような動機で設立されたものであるからといつて社団性を否定し、民事訴訟法上の当事者能力を否定するのは相当でない。また、本案に関し当事者間に争いないように、現に被告としては原告と種々交渉をし、協定まで結んでいることは、被告自身原告に対して、その個々の構成員とは別の社団性を是認し、一面では効果的に対処しているともいえる(交渉の窓口を一本化できるという点を含めて)のであつて、このことも考慮されてしかるべきである。

2  次に、被告は、本訴は訴の利益を欠くと主張する。しかし、本訴は、右の判示のとおり当事者能力を認め得る原告と被告の間の協定に基づき、原告が協定による義務の履行を求めるものであるから、通常の給付訴訟に他ならず、訴の利益を有することは疑問の余地がない(その当否はまさに本案の判断であり、訴の利益の問題ではない。)。この点に関する被告の主張ははなはだ理解しにくいが、本件訴訟物の実質は原告の構成員個々の生活利益に基づく請求権であるとか、原告には協議権しか認められないというのは、むしろ協定の解釈に関する本案において判断されるべき事項を訴の利益の次元で論じているとしか考えようがなく、採用できない。

原告の本件訴は適法と認められるから、項を改めて本案の判断を進めることとする。

二請求原因1、3の各事実(被告の屋上使用が協定に反するとの点を除く)は当事者間に争いがなく、また同2の事実中、被告が昭和五一年一二月に本件建物の建築工事を始めたこと、その敷地が七〇〇平方メートルであり、第一種住居専用地域に指定されていること、本件建物(校舎)に収容される生徒数が一六〇名を超えること(実際はこれよりはるかに多いことは後に抗弁の判断で認定する。)、原告と被告との間で協定が成立したことも争いがない。そして、右協定の文言には「被告は本件建物の屋上を使用しないものとする。」との文言があることも被告の認めるところであり(なお、協定の条項の逐語的表現については、成立に争いない甲第一号証)、右文言自体からいつて、被告が原告に対して本件建物の屋上を使用しないことを約束したことは明らかである。被告は当初本件建物に隣接している区立の公園を運動場代りに生徒に使用させることを希望していて、本件建物の屋上は使用の予定がなく、設計上も屋上に出られない構造になつていたこと、原、被告間の協定の当初の案文には「被告は将来にわたつて屋上を使用しないものとする。」とされていたのが後に「将来にわたつて」の部分が削除され、「なお、将来使用の必要が生じた場合は、原被告協議して決定する。」旨のなお書きが加えられたこと(その提案者の点は別として)自体は争いがないが、右の事実を考慮しても、協定の文言が、被告が屋上を使わない旨の約束であると解するになんの妨げもないばかりか、右の案文の訂正変更の経緯はかえつて右の約束があつたと解する有力な証拠といえる。更にいえば、<証拠>によれば、本件協定成立前の昭和五二年四月一日の原、被告の会談の際、被告は屋上の使用を希望する旨原告に申し入れていることが認められるのであつて、このことを考えるならば、本件協定が被告の屋上を使用しない旨の約束であるという以外考えようがない。被告は、右協定の条項は、被告が当時屋上を使用するつもりがないという事実を宣明するものにすぎない、と主張し、被告代表者本人の供述もそういうが、詭弁に等しくとうてい採用の限りでない。

請求原因として原告の主張するところは正当として認容できる。

三抗弁につき判断する。

1  本件協定には、本件建物の屋上使用につき、「将来必要が生じた場合は、原被告協議して決定するものとする。」旨の条項(協議条項)があることは当事者間に争いがない。原、被告間で協議が整わなかつたことは被告も自認するところであるが、右のような協議条項がある場合に、屋上使用の必要性が生じたことが客観的に認められ、かつ被告において使用の具体的態様(時期とか使用目的、方法など)、あるいは屋上使用に伴う近隣への被害(騒音やのぞき見によるプライバシーの侵害等の被害は考えられる。)防止の具体策を示して原告に協議を申し入れていて、その提案が社会理念上相当と認められるときは、原告において提案を承諾しないため現実に協議が整わなくても(協議が整えば問題は解消する。)、原告側が提案の内容を検討し、場合によつては対策を用意する等通常協議を成立させるのに必要な相当期間を経過したときに、信義則上、または民法第一三〇条の法意の類推適用により(同条は信義則の具体的場面における顕現と見ることができ、究極的には信義則に基礎を置くものと解されるから結論的には同じ法理の適用である。)、協議が整つたと同様の効果を認めてよい。右の協議条項は当事者双方の利害を協議の過程で話し合いにより調整させようとするものであつて、決して一方の恣意による拒絶権を認める趣旨ではないと解されるからである。被告の主張は、一般論としては是認できる(協議権の濫用という表現は、原被告間の屋上使用の約束を否定する考えから出発していると思われる点で、妥当な表現であるとはいえないにしても、いわんとする趣旨は本文で判示したところと異ならないと理解できる。)。

2  そこで、本件において、右の要件に照らし、原被告間で協議が整つたと同視できるかどうかにつき判断を進める。

結論を先に示せば、被告の主張を認めることはできない。以下に論点を分けて判断を示す。

(一)  まず、屋上使用の必要性が生じたといえるかどうかも疑問なしとしない。協議条項の文言上「将来」必要が生じた場合、とあることから明らかなように、この屋上使用の必要性はなんらかの事情の変更があつたことを前提としていると解される。しかし、被告代表者の供述によつても、屋上使用の必要性は教育上の配慮に基づくものであることを強調するものの、具体的な事情の変更については、父兄の要望が強いとか、生徒にぜひ屋上を使わせたい状況であつたという程度を出ないのであつて、これをもつて事情変更として必要を生じたといえるかどうか問題が多い。教育上の配慮から、公園を使用できないなら代りに屋上を使用するのが望ましいことは、被告が協定成立前から考えていたことであり、この希望をも原告側に伝えたが、原告の容れるところとならず、本件協定が成立したことを考えると、右のような抽象的な必要性は折り込みずみの上で、あえて協定に応じたと見るのが妥当だからであり、その後父兄や生徒の要望が多かつたというのも、ある程度当初から予測できたところといえるからである。もつとも、当裁判所も、教育上の配慮から屋上使用が望ましいとの被告の見解は十分理解できるし、被告代表者の供述によれば、被告としては、新学期の始業式を間近に控えて原告側の反対運動に対する対応に苦慮していたことは認められ、このような状況下で、不本意ながら協定に応じたという事情は推認できるし、協議条項についても、後のことを十分考えて文章が練り上げられたわけではなかつたかもしれず、その逐語的表現にのみこだわりすぎるのは妥当でないことは理解できる。さらに、事情変更といつても、原告代表者の供述にいうような、数年、十数年の期間を考え、周辺の地域環境の変化があつた場合のみをいうと厳格に考えることには賛成できない。被告が他に使用できた運動場が使えなくなつたとか、カリキュラムの構成に止むを得ない変更が生じた等の場合であつても、将来必要が生じた場合にあたるといつてよいと解される。しかし、それにしても、被告が原告に屋上使用の問題につき希望を述べたのが(これが協議申入れといえるかどうかは別として)協定成立後わずか二ケ月後の昭和五二年六月頃に始まる(このこと自体は双方に争いないといえるし、原告及び被告代表者の供述によつても認められる。)というのは、いかにも早すぎ、事情変更というより、協定の見直しとの感を免れない。

以上のとおり、屋上使用の必要が生じたと客観的に認められる状況にあつたことは証明不十分というほかない。

(二)  次に、被告が昭和五二年六月頃から、屋上使用の問題につき原告に希望を述べ、話し合いたいと申し入れたことは、原告及び被告各代表者の供述によつてこれを認めることができ、これは原告に対する協議の申入れと認めてよい(原告代表者の供述には、被告の協議申入れ自体を否認するかのような部分があり、原告の主張もこれを基にするものと思われるが、これは事実自体を否定するというより、被告の態度を非難し、協議の申入れに価しないという評価を含む供述であり、被告の要望の開示があつたこと自体は認めている。)。原告は、被告の申入れは協議の申入れとは認め難いものであるというが、協議を十分尽くしたといえるかどうかについての反論としてはともかく、協議の申入れ自体を否定するのは当たらない。更に、<証拠>によれば、被告は原告に対し昭和五二年一一月一五日頃、文書で協議の申入れをしていることが認められる(この点についての原告の反論が的を得ないことも前同様である。)。

しかし、被告が右協議申入れに際し、あるいは原告との話し合いの席上(<証拠>によると、本件協定には、屋上使用問題とは別に、被告は本件建物の敷地の公園側に目隠しを設けることとし、その具体的方法につき原被告間で協議するものとされていることが認められ、<証拠>によると、本件協定成立後昭和五二年一二月頃までの間、この問題につき話し合いが続けられていたことが認められ、屋上使用の問題もこの席上話題とされたことが認められる。)被告が屋上使用の態様につき、果してどの程度具体的な計画を示し、原告側の納得を得る努力をしていたかはかなり疑問といわざるを得ない。<証拠>によると、被告は昭和五二年の一一月の下旬になつて、屋上使用の頻度につきある程度具体的な計画を示し、また、屋上へ通じる外階段の構造、階段及び屋上の目かくしや防音措置についていることが認められる。しかし、被告代表者の供述によつても、それまでの段階で被告が屋上使用の具体的態様(例えば、年間、月間、週間の使用時間、使用の目的(正課の授業かクラブ活動か、体育なら、どのようなものをとり入れるのかなど)など)につき原告側に計画案を示すとか、それに伴つて被害防止のためにとる予定の措置を具体的に示したとは認められない(このことは、原告側の最も関心事であるはずで、具体的な提案は協議を認めるに当つて不可欠といえる。)。原告及び被告各代表者の供述によると、被告の屋上使用の要望に対して、原告は公園側の目隠し問題も解決していないことや、屋上使用については協定時には使わないことを約束していたことを理由に強く反発し、具体的な話し合いに入れないまま対立状態が続いていたことが認められる。そして、本件屋上使用に関する合意についての被告の主張(単なる宣明であつて不使用の約束ではないとする。)、<証拠>の文面からすると、被告は当初から屋上の使用は当然許され、問題は使用方法等を協議することに尽きるとの考えで原告側と折衝してきたことが窺われ(この考えの採り得ないことはすでに請求原因についての判断で示したとおりである。)、このことがいつそう原告側の反発を強めたのではないかと推認され、さらに、<証拠>によれば、本件協定では、被告が本校舎に収容する生徒数は二クラスないし三クラス(一クラス四五人)とすることを約束していた事実が認められるのに、<証拠>に被告代表者の供述を合せると、被告は、原告と約束し、あるいは学校設置に際して認可された数をはるかに超える生徒を募集していることが認められ、このことも原告側の不信を買う一つの無視できない原因となつていたことが推認される。このような事情に加えて、<証拠>では、一一月下旬になつて屋上使用の方法や防音、のぞき見防止の具体策が提案されているとはいうものの、すでに工事着手は既定の事実とする一方的な通告ともとれる内容と認められることがらすれば、被告において屋上使用の問題につき社会通念上相当と認められる具体的な提案をし、真摯な態度でとり組んだといえるかどうかはむしろ疑わしく、原告側の強硬な態度にも問題があるとはいえ(原告代表者は、決して絶対反対の立場でないと供述する。たしかに代表者自身はそうかもしれないが、<証拠>によると、きわめて強硬な態度をとりつづけていることが窺われ、相互の不信感とあいまつて、被告側には絶対反対、問答無用の態度と受けとられてもむりからぬところもある。)、十分協議につき誠意を尽くしているとは認め難い。

(三)  以上のとおりであつて、被告が協議で成立したと同様の効果を主張することはできないといわなければならない。

3  被告は、原告の本訴請求は権利の濫用にも当るという。

しかし、すでに判示した本件紛争に至る事情からいつて、原告が約束の履行を求める本訴請求が権利濫用に当るとは認められず、被告が相当程度周辺への被害防止措置を講じたこと(屋上のフェンスの設置、目かくしや防音装置をとつていること自体はおおむね原告も争わない。)を考慮に入れても、協定による約束を否定し、あるいは十分協議を尽くしたとも認められないことをさし置いて、原告の権利濫用をいうことはできないこと明らかである。

4  以上判断したとおりであつて、被告の抗弁はいずれも理由がない。

四よつて原告の請求を正当として認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条によつて主文のとおり判決する。

五最後に若干附言する。本件紛争は、まことに遺憾な紛争である。静穏な生活環境を望む原告の構成員の希望は十分理解できるし、尊重さるべきことはいうまでもない。しかし、学園も、本来静穏な環境でこそ、その目的を十分に遂げられるはずである。両者は、決して利害を異にするものでなく、本来共通の利益を享受すべきものであろう。学園が、住生活の環境を破壊するものとして受け取られてしまつたことに本件の紛争の異常性をみる。理想的な学園の設置と経営上の困難さというギャップから、本来認可された以上に生徒を採用するという現実も本件紛争の一因となつている。本来あるべきでない紛争と考え、当裁判所は双方に反省を求め、真摯な話し合いを強く勧告した(保全裁判所も同様であつたことは、当事者双方とも認めている。)が、和解に至らなかつたのはまことに遺憾である。ただ、和解の席上でも、被告側は、教育の問題であるカリキュラム編成に影響を与えるような使用時間の制限等は、ごく大まかなものしか応じられないとの態度をとり、具体的な計画を提示することさえ仲々応じなかつたことは、抗弁における判示の認定事実と軌を一にしている。しかし、教育上の観点のみを強調することは問題である。むしろ、周辺住民の暖かい協力と理解を得てこそ真の教育があるのではなかろうか。このところを今一度考え直してほしい。同様の注文は原告にもいえる。被告に対する不信感は理解できないではないが、不信感からは何者も生まれない。今少し柔軟な態度を期待したい。

双方に今一度再考を強くうながすゆえんである。

(上谷清 大城光代 貝阿彌誠)

物件目録<省略>

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